パソコン歌集   「早渕川」        嶋 武志


 平成20年以前の作品集
 


    正 月
  八十になりたりいよよ健やけく猪突猛進よき年にせむ 
     (平成十九年正月詠)

  八十をすぎたればもはや歳のこと思わず生きむ日々新しく
     (平成二十年正月詠)

  早淵川三千余歩のゴミ拾い老いに程よきボランテイアなり

  老いの身をひとり暖め歩みゆく春日あかるき街川のみち
    
  君も僕もベレ−帽だとはしご酒見知らぬ人にくどく誘わる

  黄金町の赤線帰りらしき人とバスを待ちつつ馬鹿ばなしせり

  流行の服に帽子も似たるゆえ妻と間違えあとにしたがう

  身に添える運の悪さを自覚して宝くじなど買いしことなき

  八十年何して来しや朴訥の性をあわれみひとり笑いす
 
  日本人の平均寿命に少し上追いかけられてなおも歳とる


    街 川
  ことさらによろぼう老いの振りをして堤の道のゴミ拾いゆく

  ひと筋の飛行機雲をきわだたせ街川のそら夕茜せり

  街川の葦むらに首ほそく立つ孤高の鷺に老いを思える

  ベイスタ−ズ のユニホ−ム着て街川の美化運動の先頭に立つ

  大根は小さきを間引き青き菜は育ち過ぎたるものより間引く

  牧水も登りしという三浦富士椎の樹しげる暗き路ゆく

  枯れ花のウケラ凛々しく直立す武蔵野に絶えし万葉の草


    梅 林
  昨夜荒れし春一番のなごり風に梅祭りの幟はためきやまず

  缶ビ−ル呑みつつたどる梅林のごろた石の路おぼつかなしも

  陽のあたる路えらび来て梅林にありそうでなきベンチを探す

  ひととおり梅の林を見めぐりてきこしめしたる酒によろめく

  ひとり来て腹も空かねば梅林に夕ちかきまで酒のみている

  梅林の朱の橋わたり守り神の文殊菩薩のよき笑みに逢う

  甘酒をひさぐ屋台に紅白の梅は盛りの香をただよわす

  里山の沢の斑雪をとかしつつせせらぐ音の凍みてきこゆる


      さくら
  門前の老舗「天徳」に電話してしだれざくらの咲くをたしかむ

  早咲きの色よきさくらいかに詠まむ山門の前に仰ぎたたずむ

  さくら祭りの舞台に踊る小学生パラパラのリズム老いに珍らし

  カ−テンをふんわり揺らし若葉風あわき緑の香をただよわす

  鎌倉の寺を散歩しそばを喰い女性の多き会にくつろぐ

  発言に気をくばりてはまた黙す女性の多き小さき歌会に

  ゆきずりのひと美しと目をあわせどうにもならぬ老いのときめき

  自転車の変速ロ−に落としつつ老いの輪行急ぐことなし


   菊五郎
  語り継ぐ六代目音羽やの鏡獅子われは観たりき六十年前

  鏡獅子の腰元役は「もしお」にて後の勘三郎大根といわれし」

  六代目の「赤垣源蔵」「暗闇の丑松」いまも姿あざやか」

  小太りの身を斜めにし女形の踊り見せたり六代目の芸

  戦後直ぐに「銀座復興」の芝居せし菊五郎の粋な江戸っ子科白」

  十五世羽左の「石切梶原」を観たるはもはや吾のみならむ

  工場の慰問に羽左衛門 来たりしが三月のち逝きぬ千九百四十五年

  関西の立役者坂東寿三郎「宵庚申」心中の絡み目に浮く

  月毎の歌舞伎にこころ遊ばせて征く日ま近の少年なりき

  顧みるに初代吉右衛門 は大きかりき「駕籠釣瓶」また「縮屋新助」


   綱島温泉
  わが街の綱島温泉に月いち度の老人優待ありがたくゆく

  いろ黒きラジウム温泉に足踏みを千回しつつ温まるなり

  三橋美智也ボイラ−マンとして働きし綱島の湯にカラオケの声

  綱島の湯にて酒呑み民謡を踊る主婦らと話し弾めり


   そばや
  奈良井宿越後屋の女将と気の合いて店のそば猪口ふたつ頂く

  山鳩のいのち惜しみて啼く声かくぐもりきこゆ朝霧のなか

  夕つ陽の光あふれて老いわれに残りしものはみな美しき

  年金の資産公開せよ国家予算の倍はあるはず秘密にするな

  四十年積み立てし年金五千万超ゆるか元とるにあと五六年

  美しき交わり恃む趣味の会にそこはかとなく波風たちぬ


   パソコン
  送信のメ−ル届きしか電話せりパソコン老いには疑わしくて
 
  パソコンの羽生将棋強し一遍も勝ちしことなくつまらなくなる

  雨の日は家にこもりてパソコンの囲碁のソフトと烏鷺たたかわす

  たまにかかる息子の電話は株の話ともに損してぼやき合うのみ

  パソコンにて落合直文を検索し「孝女白菊」の長き詩を読む

  スイッチを押して画面の写るまで 待つ間の長しパソコンも老ゆ


   彫 金
  彫金家帖佐美行のル−プタイ「新しき命」羽ばたく鶴の図

  文化勲章受賞展にて我が胸のル−プタイ目にとめ握手されたり

  合同歌集に帖佐先生の奥様とたまたま載りしわが三十首

  NHKホ−ルに彫金のレリ−フあり帖佐美行「鳥」の大作」


   寂 の 皿
  お宝の写真撮れしと友は見す北原隆太郎と並ぶ若山旅人

  創作の記念に頂きし「寂」の皿旅人師の字の牧水に似て
 
  伊勢香肌峡の窯元に泊まり蚊に喰われ旅人師の書きし寂の一文字

  旅人師の「寂」の皿より年毎の個展にもとめし香肌夫婦焼

  長浜の牧水歌碑の除幕式わが朗詠のこえ若かりき

  謹呈の歌集読まずに積みたまる著者の皆様申し訳けなし

  創作に入りてより歌ひとすじに煙草パチンコやめて励みき

  平成二年「星昌」に四たび選ばれし吾の記録はまだ破られず

  創作の歌に識り得し友びとの逝きたる顔のあまた浮かび来



   雪 洞 (ぼんぼり)
  きさらぎの今日あたたかく孫達の手をかり早も雛を飾れり

  雪洞の明かりに照りて享保雛生あらば二百八十歳の笑み

  茅葺きの農家の門のしだれ梅老いの目にしみ紅のうるむも

  庭隅に糸を張り吾と親しみし女郎蜘蛛の巣は妻の破らる

  ドングリは殻を割り赤く芽吹きつつ小楢林に朝靄の這う

  白木蓮の冴えきわまりし精を想いそこぬけに碧き空を想えり

  早々と咲けるさくらに老いさきの短き命かきたてられつ

  暮れなずむカンヒザクラの紅に橋のたもとの薄あかりせり


   白山さくら (五日市)
  清流に入りて竿ふる釣り人の赤きジャケット春の陽に照る

  花の見頃はかりて来しに大櫻つぼみ開かずしんと静まる

  十日のちの大山桜吹き荒れし夜風にもまれ花のとぼしき

  老いづきて仰ぐさくらは目に熱し心に眩しかがよいやまず

  名水の里にて小さき藏元の金賞とりたる酒を試飲す

  山降りて「つるつる温泉」にやすらえり妻も喜ぶ極楽散歩」


    かたくり
  稟と立つ喜志子の歌碑の細き文字 湖畔のさくら咲ききわまれり

  津久井湖の花ながめつつ酒に酔えりカタクリの里にも脚をのばさむ

  人恋うる想いにも似てかたくりの花に逢わむといそぐ野のみち

  空はあお草木はみどり血は赤に神のきめたる色の奇しきも

  緑陰の椅子にやすらい目をつぶり恍惚の想い湧くにまかする

  水張れる棚田は月の光うつし明日の田植を待ちて静もる

  歳よりしことも忘れて風薫る若葉の山にあゆみ気負えり


   妻 坂 峠
  片栗の花をよけつつ登りきぬ妻坂峠牧水の路

  青春は老いにもありと思いつつ辿る山路のかたくりの花

  延齢草アズマイチゲに話しかけたつた独りの山路もたのし

  羅生門かずらの花の紫紺色いきるる草のなかにかがよう

  萌えいでて春よみがえる山みちを老いし牧水とぼとぼと行く

  二ン月の庭の陽だまり水仙の花終えて淡き加賀梅の紅

  薄氷を透きてせせらぐ沢水にこころの声を聴くごとくいる

  言いたきをこらえて窓の花を見る沈黙もまたひとつの主張

  とりとめもなく移ろえる思惟のなかアニメ映画の千尋がうかぶ

  受験ちかき女孫がわれに聞きにきぬ弁慶の持つ薙刀のこと


    紙芝居
  女性多き朗読会のトラブルにひとり泣きだしまた一人泣く

  ホ−ム慰問のわが紙芝居スタッフの五人いずれも熟年の美女

  「ひびき」「アイ」朗読会を指導しつつ図書録音に吾はいそがし

  紙芝居の合間にひとくち噺してもホ−ムの老いは笑ってくれない


    救 急 車
  胸の痛み収まらぬまま救急車に運ばれ行きぬ五月雨の夜半

  カテ−テル検査待つ間の長引きていらだつ胸に不安つのり来

  ペ−スメ−カ−の手術受けむか病床に妻と語りて夜の更け行く

  本当なら今頃四十九日だと隣床の老いナ−スと語る

  家ちかき小公園の角に立つ電話ボックス点る朧夜


   仏 法 僧 (コノハズク)
  牧水も聞けざりし仏法僧のこえ秩父の山にききし日はるか

  山頂に野宿して録音したりしが今は聴けざり 仏法僧のこえ

  啼きはじめ少し濁るが山雀と野鳥の会の師に教わりき


   霧 ケ 峰
  串田孫一と肩組める写真壁にあり山小屋の主人も随筆家にて

  車山の肩に小屋建て四十年自然を友の老いは若しも

  車山に登りのゆるきみちを行くニッコウキスゲ咲きなびくなか

  キスゲ咲く高原の朝よく晴れて雪を残せる槍、穂高見ゆ

  湿原をめぐる木道わたりきて妻の見つけしトキソウの花


    山 崎 方 代 さん
  夏服をいつも着ていし方代さん一升提げて逢いたかりしを

  鎌倉の文士らに歌集押し売りし方代さんは短歌ゴロと言われき

  海見たき妻をともない七里ヶ浜ドイツ料理の店にくつろぐ

  ドイツ料理の女主人は逞しく日本語にて自慢のメニュ−を語る

  朝霧をふみてひらく酔芙蓉白く妙なる花の香はよき


   蝉の声
  妻と吾のパソコンあいつぎ故障せり炎暑の電気街汗拭きめぐる

  パソコンのうつす痴態にあきれつつ老いに今更おどろきはなし

  外国のアダルト見つつインタ−ネット独習するに上達はやし

  蝉のこえ炎暑をさらに煽りたて雷雲のわく気配なし

  老いてなを童心われに残れるか指をまわして蜻蛉をねらう


   終 戦
  資材運搬の作業を終えて整列しすめらみことの放送を聴く

  終戦の玉音放送理解せず「さあ頑張ろう」と叫ぶ工員ら

  憲兵は朕だからと顔しかめたる鮮人金さんのその後をしらず

  戦艦大和まことは帰りの燃料も積みいしと聞くさらにかなしも

  戦争の影ひく友の大方は逝きて味よき歌をのこせり

  要領よく生きよと吾の手を握り卒業し行けり学徒兵として


   御 嶽 山 荘
  御嶽山に蓮華升麻の群落をわが見いでしは半世紀まえ

  町あげて下草を刈り観光にレンゲショウマを育て増やしき

  蓮華升麻の祭りにあわせ登りきぬ今年も避暑は御嶽山荘

  玉城徹の弟子にてわが識る山荘の老主人は正月みまかりしとう

  山風のすずしく透る御師のやど東京の夜景 日の出 鳥のこえ

  茅葺きの御嶽山荘に宿りしてレンゲショウマの花を描けり

  山くえの跡あらわなる霧の路ひたすら下る瀬音ききつつ

  御嶽のうら参道は霧ふかし下りつつひとりものを思えり

  コシオガマ親しき花のうす紅をさがしつつ来ぬ湖みゆる路


  百寿を祝う 
 岡田照子氏と東京歌会に会いてより四十年余の永き交わり

 創作の大会に遠路参加され知り人は貴方だけと握手し賜う

 歌の姉岡田女史の百寿に肖(あやか)りたしペースメーカー入れて若返る 

 立川談志の「芝浜」を君は知つてるかい芸なんてもんを超えてすげえぞ

 声張りて昂ぶるほどにしらけゆく前座の噺に誰も笑わず


  うつぎの花
 宗教心さしてあらねど散策に寺あれば寄り長寿を祈る

 寺庭の苔むす路に散りやまぬ白雲木の花の寂けさ

 からつぽの人生などとうそぶきて空木の花は咲きこぼれおり

 嫌みとも思われかねぬ手紙書き出してしまえり蒸しむしと梅雨

 かりそめの恋人となり相聞歌交わさんと言えばかるく首ふる


 


   八 月
 深夜便に老兵の語る戦地談「私は殺人鬼でした」と結ぶ

 神ほとけ無きを知りしとレイテ島の激戦語る老兵の声

 また来るとヤマユリに声かけながら蕾かぞえて里山を去る

 庭の木にいたくまつわる藪枯らし雁字がらめの蔓を引き切る


  益 子
 蔵元のすすむる酒にほろ酔いて危うく傘を忘れむとせし

 電柱を取り払いたる陶のまち益子を妻としみじみ歩む

 二人ぶんの粘土をあわせ手びねりの花瓶作りに妻と意気あう

 紅ふふむ柿渋あわき色にして団十郎を名乗るあさがお

 芝庭にテントを張りて行けざりし高原の気分ひとり味わう


   秋 風
 おどけたる足踏み時に見せてゆく土手のゴミ拾いロンも尾を振る

 古来種のすすきはつよし川原のアワダチソウも数をへらしぬ

 季すぎても藍濃く咲ける野のあさがお川土手の風いよよ涼しく

 野薊に羽やすめたる蝶を見て吾もやすらう秋の里山

 秋風のたつ里山の古民家に上がりてしばしうたた寝をする

 本当はなにがしたいのか穂先のみ風にあそばせ尾花はなびく

 高層のビルに断たれし空間の夜空に繊く月のかかれり


  秋 草
 川原の夕日に照りて秋草の花は春よりも乱れ咲くなり

 川土手の尾花吹かれてなびきつつ大夕焼けの彩にそまれり

 奥鬼怒の加仁湯の露天風呂に見つ紅葉の崖をのぼるカモシカ

 白蛇滝ほそくかかれる深渓の紅葉五彩にいまさかりなりお

 露天湯に散りし朴葉を拾いたりねぎ味噌を焼かむ家づととして


  いぶし銀
 可愛いと皆に言わるる犬を連れ小春日和の土手を散歩す

 いずれまた善きことあらむ里山の竹叢は風を待ちて静まる

 いぶし銀に光る心を持ちたしと枯れひと色のすすき原ゆく

 大欅の根を輪切りにせし炉を据えて牧水庵と名づく二畳の酒の間

 いたづらに過ぎ歴し時の思われて丘に素枯るる野薊の花
 


 

  のれん
 柿の実のたわわにみのる里山の路を辿れば日差しあまねし

 僧庵の苔むす茅の屋根に散る楓の紅葉さらに彩濃き

 のし台に円くひろがるまでを見て手打ち蕎麦屋の暖簾くぐりぬ

 秋草の花にひかれて里山の藪しげくなる路に入りゆく

 街川の水は濁れどみ冬づく流れの音は澄みてきこゆる



  以上、平成20年(2008)12月 まで。
  平成21年の歌は別欄に続きます。