パソコン歌集   「早渕川」 第四集        嶋 武志

Last Update 2012/5/1


 パソコン歌集

「 早 淵 川 」第四集 (新かな表記)

 平成23年(2011)1月 より12月まで


  
兎   歳

うさぎ年八たび迎えぬたまきはる生命いよいよ健やけくあれ

歯磨の チューブ最後のひと絞りかくして老いのたつき始まる

同人評 私にも思い当たり、同じような事をしていますので、
共感がもてました。

大坂泰に案内されて啄木の住みし「喜の床」の二階見上げき

弓偏にはいくさの漢字多きなか弦の一文字ひびき妙なり

荒海に向きてこころを音にせる津軽三味線ばちさばきよし


  
キ ツ ネ 目

茅葺の古民家の庭あたたかく七草粥をふるまわれをり

里山の路に迷えば引き返すこの気楽さも老いなればこそ

だらしなく過ごしいる方が長生きをすると思えばその通りなり

女では無いとひそかに笑むひととそぞろ歩めり冬牡丹の苑

キツネ目の男は何であつたかと埒なきことをひと日おもえり


  
日 め く り

日めくりの暦なつかし十干も節気もその日の運もしるせり

面白きことあらんかと伊勢佐木町馬車道辺りを行きつ戻りつ

窓ごしの陽のあたたかき郵便局に用済みしのちもしばし居座る

心にもなきこと告げて別れ来つ梅の香りに悔いの残れる

朝空にコブシの花芽直ぐ立ちて沈みがちなる心を刺せり


  
大 津 波

切り口のきりりと冴えし五家宝の矜持秘めたる甘さ味わう

如月の雪残る庭をひよどりが黒きつぶてとなりて飛び過ぐ

事もなく老いの日くれてやり忘れやり残したるものある如し

綱島の湯より戻りし三時前家鳴り横揺れ大地震くる

M9なる東日本大地震大津波大船渡テレビにくぎづけ


  
原 発 事 故

女川の岸壁越えし大津波四階建てのビルを呑み込む

事故のニュース朝より見続け原子力発電の仕組み詳しくなりぬ

度々の余震に馴れて少しぐらい揺れてももはや泰然自若

蝋梅の香にとかさるる心地して静かすぎたる寺庭に立つ

この女優歌会のひとに似るかとも道ならぬ恋のドラマ見てをり


  
く ち ぐ せ

自動車も家も瓦礫も押し流し今し津波は画面溢れ出づ

大津波の瓦礫の浜にたちつくす被災者ひとり暮れなずむかげ

大船渡は津波の街よ怖いわと語りいし友も家を流さる

いちはやく電車に吾の席をとり手招く妻に渋き顔する

口癖の嫌になつちゃうを妻の咎む何言われてもヤンナツチャウ

同人評 男性特有の照れが伝わります。内心は感謝していると
思われます。本当に今の世は嫌になつちゃうが多すぎます。


  
た だ な ら ず

原子炉の底に穴あき冷却水いくら入れても満たせぬという

原発の汚染ただならず吾が好む足柄茶にまで被害のおよぶ

夢に見るおふくろの顔笑まいつつ吾を叱りしおもかげのまま

こともなく暮れて小庭に香を満たすニオイバンマツリ紫の花

同人評 静かに一日が暮れ、花の香りに癒されている作者と、
紫・濃淡のニオイバンマツリの花が目に浮か美ます。

老いのみの生活いよいよつつましく商店街に買うものもなし


  
宵 待 草

吾が朗詠「牧水百首選」を放送せし三陸鉄道は復旧されんか

死者行方不明二万余宙に浮きし預金は復旧の資に当つるべし

夢多き夢二ともしも川端に昏れなづみ咲くマツヨイの花

浮気せしひとの脂粉に似るかとも花の香りを里山にきく

生くること重し哀しとバラ園に赤き花見る黄の花を見る

同人評 「創作」の大先輩である嶋さんの人生観がひしひし
と伝って来ました。上の句の「重し哀しと」と下の句の
「赤き花見る黄の花を見る」が巧みに作用し感動の幅を広げて
いるのに老練の味を感じました。


  
妻 の 鼻 唄

番犬になるわと妻の笑う声庭のチエアーに暑き夜を眠る

同人評 睦まじい老夫婦、今年の夜の暑さは格別「番犬になるわ」

との冗談が聞こえて来る様、涼まれる姿が彷彿と見える。

時鳥ふた声なきて去りしのみ猛署とならん朝焼けの彩

自らの花の重みに撓みつつ空木は咲けり沼のほとりに

若き日に登りし沢の動画なりパソコンに見つつ炎暑をしのぐ

歌声喫茶のメロデイらしき掠れ声妻の鼻歌たよりなげなり


  
炎  暑

ゴミ拾い休みて眺む暑き陽を融かして染まる街川の空

街空の大夕焼けは暗みきて明日の炎暑に続かむとする

水風呂に幾度も入りて署を過す冬より夏の好きな老いなり

何種もの薬呑むゆえ員数が合わなくなりぬややこしややこし

同人評 薬漬けでもないが私も結構薬のお世話になっています。
正確に服んでいる積りでも時にアレーと思う時があります。
誠にややこし、ややこし。

セガンチーニはアルプスの画家脈絡もなく浮かぶ名に涼しくなりぬ


  
愉 し み は

愉しみはあとに残さん湯の宿のメインの皿に箸つけずいる

猫じゃらしの靡く広場に新しき家の建ちゆく木の匂いする

同人評 広々とした空地 だったところに新しい家が建つことに
なったのでしょう。木の香のたつ建築現場を「猫じゃらし」の視線
から眺めているような美しい作品と思いました。

待ちまちし蕾ふくらみ眠らずにひと夜目守りぬ月下美人を

純白の花びら裂けて香りたち月下美人は真夜を占めたり

月下美人の花馥郁と香りたち豊けくなりぬ老いのこころは


  
小  春

和紙の里小川町に来て味わいぬ鉄舟名付けし茶漬け忠七めし

刈り終えし田んぼは広くあたたかし紙漉く村の寺道ゆけば

聴診器胸に冷たく当てられて心音さらに高鳴るおぼゆ

谷戸の奥佐助稲荷に栗鼠と遊ぶおいなりさんを分かち与えて

バス席の少女うとうとし始めて薄着の肌をわれに寄せくる

同人評  車内でよく見かける光景。作者の迷惑でない、何んと
なく「よしよし」という快い気持ちが四句、五句でくみ取れる。
本当に”少女”でよかった。


  
浜 納 豆

浜納豆楊枝に刺して酒を呑む黒く辛きは人生の味

カラオケのマイクを買えど若者の曲のみ多く上手く唄えず

落葉松の金の針葉のはらはらと散る道となりしばし佇む

地震のあとアアクワイコワイと烏啼けり師走一日雨の暁暗れ

オイチニオイチニオイチニ オイチニと三八銃重く担ぎて荒野を征きし