パソコン歌集 「早渕川」 嶋 武志
Last Update 2008.6.20
はしがき
この歌集は平成20年1月(2008)より、折ふし心に浮かんだ短歌を、旧作もまじえて
ご披露させて戴くさやかな歌集です。
果たしていつまで続くか判りませんが、小生の最後の歌集になると思います。
生まれ育った東京目黒から転居して、いまや第二の故郷となった横浜の当地は、
近くに鶴見川の支流の早淵川が流れており、吉田橋から上流の高田橋まで、毎日
ごみ拾いのボランティア散歩を楽しんでいます。この趣味は横浜市の環境委員になっ
た頃から15年以上続いています。
早淵川は街川にしては珍しく、草付きの感じが郊外の野川の風景をよく残しており、
春の菜の花、秋の葦原など、四季折々に散策が楽しめます。歌歴六十余年の拙作に
お笑いください。
正 月
八十になりたりいよよ健やけく猪突猛進よき年にせむ
(平成十九年正月詠)
八十をすぎたればもはや歳のこと思わず生きむ日々新しく
(平成二十年正月詠)
早淵川三千余歩のゴミ拾い老いに程よきボランテイアなり
老いの身をひとり暖め歩みゆく春日あかるき街川のみち
君も僕もベレ−帽だとはしご酒見知らぬ人にくどく誘わる
黄金町の赤線帰りらしき人とバスを待ちつつ馬鹿ばなしせり
流行の服に帽子も似たるゆえ妻と間違えあとにしたがう
身に添える運の悪さを自覚して宝くじなど買いしことなき
八十年何して来しや朴訥の性をあわれみひとり笑いす
日本人の平均寿命に少し上追いかけられてなおも歳とる
街 川
ことさらによろぼう老いの振りをして堤の道のゴミ拾いゆく
ひと筋の飛行機雲をきわだたせ街川のそら夕茜せり
街川の葦むらに首ほそく立つ孤高の鷺に老いを思える
ベイスタ−ズ のユニホ−ム着て街川の美化運動の先頭に立つ
大根は小さきを間引き青き菜は育ち過ぎたるものより間引く
牧水も登りしという三浦富士椎の樹しげる暗き路ゆく
枯れ花のウケラ凛々しく直立す武蔵野に絶えし万葉の草
梅 林
昨夜荒れし春一番のなごり風に梅祭りの幟はためきやまず
缶ビ−ル呑みつつたどる梅林のごろた石の路おぼつかなしも
陽のあたる路えらび来て梅林にありそうでなきベンチを探す
ひととおり梅の林を見めぐりてきこしめしたる酒によろめく
ひとり来て腹も空かねば梅林に夕ちかきまで酒のみている
梅林の朱の橋わたり守り神の文殊菩薩のよき笑みに逢う
甘酒をひさぐ屋台に紅白の梅は盛りの香をただよわす
里山の沢の斑雪をとかしつつせせらぐ音の凍みてきこゆる
さくら
門前の老舗「天徳」に電話してしだれざくらの咲くをたしかむ
早咲きの色よきさくらいかに詠まむ山門の前に仰ぎたたずむ
さくら祭りの舞台に踊る小学生パラパラのリズム老いに珍らし
カ−テンをふんわり揺らし若葉風あわき緑の香をただよわす
鎌倉の寺を散歩しそばを喰い女性の多き会にくつろぐ
発言に気をくばりてはまた黙す女性の多き小さき歌会に
ゆきずりのひと美しと目をあわせどうにもならぬ老いのときめき
自転車の変速ロ−に落としつつ老いの輪行急ぐことなし
菊五郎
語り継ぐ六代目音羽やの鏡獅子われは観たりき六十年前
鏡獅子の腰元役は「もしお」にて後の勘三郎大根といわれし」
六代目の「赤垣源蔵」「暗闇の丑松」いまも姿あざやか」
小太りの身を斜めにし女形の踊り見せたり六代目の芸
戦後直ぐに「銀座復興」の芝居せし菊五郎の粋な江戸っ子科白」
十五世羽左の「石切梶原」を観たるはもはや吾のみならむ
工場の慰問に羽左衛門 来たりしが三月のち逝きぬ千九百四十五年
関西の立役者坂東寿三郎「宵庚申」心中の絡み目に浮く
月毎の歌舞伎にこころ遊ばせて征く日ま近の少年なりき
顧みるに初代吉右衛門 は大きかりき「駕籠釣瓶」また「縮屋新助」
綱島温泉
わが街の綱島温泉に月いち度の老人優待ありがたくゆく
いろ黒きラジウム温泉に足踏みを千回しつつ温まるなり
三橋美智也ボイラ−マンとして働きし綱島の湯にカラオケの声
綱島の湯にて酒呑み民謡を踊る主婦らと話し弾めり
そばや
奈良井宿越後屋の女将と気の合いて店のそば猪口ふたつ頂く
山鳩のいのち惜しみて啼く声かくぐもりきこゆ朝霧のなか
夕つ陽の光あふれて老いわれに残りしものはみな美しき
年金の資産公開せよ国家予算の倍はあるはず秘密にするな
四十年積み立てし年金五千万超ゆるか元とるにあと五六年
美しき交わり恃む趣味の会にそこはかとなく波風たちぬ
パソコン
送信のメ−ル届きしか電話せりパソコン老いには疑わしくて
パソコンの羽生将棋強し一遍も勝ちしことなくつまらなくなる
雨の日は家にこもりてパソコンの囲碁のソフトと烏鷺たたかわす
たまにかかる息子の電話は株の話ともに損してぼやき合うのみ
パソコンにて落合直文を検索し「孝女白菊」の長き詩を読む
スイッチを押して画面の写るまで 待つ間の長しパソコンも老ゆ