2005-01 taro`s diary   << home 2月以降は→ BLOG

2005-01-31(mon)
 昨日のイベントの帰路は渋谷へ向かうのに表参道からすぐの青山通りではなく、いったん明治通り近くまで下り、シェイキーズの隣、今は有名ブランド店が鎮座しているところを左折して旧渋谷川遊歩道を歩いた。どちらが近いかではなく、ひとつは車を避けたいことと、メインストリートではないルートであること、それとたとえ遠回りでも通い慣れたルートだから、などがそうした理由だった。少しまえ、今月19日のライブ撮影の時、ボクは時間を気にしながらも新宿西口の量販店でフィルムを購入してから、方角的には新宿の対角線上にあるコマ劇場裏手までを歩いた。そんなもの、どこで買うも同じフィルムのこと遠回りせずに東口に点在する量販店で充分なのに、あえてそうした理由はフィルムが品切れだったらという心配も少しはあったかもしれないが、京王〜小田急デパート前に何かがあるだろう、西口ガード付近でも面白い光景があるかもしれないという期待感があるからだった。西口の大ガードを渡り新宿PePeを通ればすでに歌舞伎町だ。ここからもいろんなルートを選べる。このときは、すでに書いたけれどいきなりやらせ風テレビ撮影の現場に遭遇した。出来事があることの面白さ故、ボクにとってそうさせるのだ。もっとも時間が無いときは最短ルートにするけれど。そんな自分にとってのお気に入りの道が新宿に沢山あるのに、渋谷界隈はボクにしてみればストレスを感じること以外には何もないと言っていい。もちろん、人それぞれであることは言うまでもないけれど、たとえば19日に通ったボクのルートはまったく苦にならない距離であり、地下道という選択もあったかもしれない。街の風景のありようというより、道のありようというのも普段から気にしなければそれまでかもしれないが、これまであったありようが失いつつあるように感じる。特に、新宿南口の再開発は、人の流れこそ変わらないと思うけれど、多分人の臭いを寄せ付けない、もしかしたら吸い込まないような雰囲気に成り代わるのかなと思う。考え出したら切りがないかも知れないが、何のことはなく、昨日のトークイベントを終えてから歩いたわずか20分足らずのルートが、ボクにしてみればイベントの充実感を噛み締める場でなかったからだ。

2005-01-30(sun)
 この冬一番の寒気が、なんて朝から大きくアナウンスするし、早朝から風が吹くしと、こりゃ寒くなるな、と覚悟していたのにどうみても太陽の光は確実に暖かさへと切り替わりつつあることを肌で感じる。いや、ほんとうの寒さは2月なのにあと一ヶ月我慢すればもうすぐ春がという心理からか、それともだらしなく長引いた風邪がほぼ治りかけているから、これまでより耐久力が戻っているからか、とも思ったりする。でも、やっぱり軽快にスナップできるかといえば厳しいことは確かであった。さて、朝から買い出しとかで一日中それなりに歩いた。午後からはいつものように下北沢まで歩き、新宿でカラーネガの現像を受け取り、ついでに量販店のMacコーナーにも立ち寄る。Mac nimiの実物を見るが、あれは昔使っていたオイラの弁当箱と同じじゃないかと思った。それに、増設とか勝手にできないらしいとは、ちょっといかがなものかと。それから原宿で降りて人ゴミのなかを歩く。16時から表参道のNadiffで行われている「コンタクト・新宿・トリミング」展の連動イベントとなる森山大道ギャラリー・トークへ参加する。あの売り場にどうやって人を入れるのかなんて想像していたら、30分前に着いた時点で満席。あとは立ち見になるのに、入場制限もしないでどんどん入っていたみたい。ボクは、立ち見だったけれど幸いにも近い場所を確保できて一安心。100人近くはいたと思うが、オペラシティでのトーク・イベントが230名限定というのは、数だけみても“なんだかなぁ”という感じだ。森山さんのこの手のイベントは何度か参加しているが、司会役次第ということもあるようで、今日の森山さんは快調だった。いろいろと勉強になること大。帰りは近くの表参道駅から乗れば済むことろ、何となく肉を欲しているなという気分で、そういえば正月のすき焼き以来けもの類をまともに食していないなと気づき、渋谷まで歩いて東急プラザの地下へ。帰宅後、録画していた競輪祭決勝をみる。あの神山が仕事をしたといっていいのか。とにかく、後閑、おめでとう! そして、昨年末に亡くなられた大棋士、加藤正夫九段追悼番組も続けてみる。じめじめした雰囲気ではなく、とてもよくできた編集内容で縁の棋士仲間の言葉の節々から、泣かずにはいられなくなる。

2005-01-29(sat)
 6時の天気予報を頑なに信じた自分がバカだった? 午後から次第にこの冬一番の寒気が入りところどころで雨が降るでしょう、だった。しょうがない、の一言、いや無理は禁物とある予定を変更したものの、暗くなるどころか昼まえには日が差し、午後のいい時間にはちょっといい天気になったのだから、悔やんでもしょうがないのであった。まっ、そうなる可能性もあったので、ちょっとマックの掃除というかHDをリフレッシュすることに。なんて書くと、いやぁ大変ですね、とは言われないか。実のところ、12月始めに内蔵HDDを増設して、バックアップしつつパーティションを切って、使い勝手のいいようにする、と決めていたのに、なんも進んでいなかったのだ。外付けの起動ディスクがどうのとか、バックアップ・ソフトではあーだこーだといろいろあって何がなにやらということだった。いや、それよりも大きく立ちはだかったのは、ホームページ作成ソフトのシリアル管理のことだった。まぁ、ボクの理解力の無さがすべてなんだけれど、もし失敗してHP管理そのものがグチャグチャになったらどうしよう、という恐怖感がすべてを思い止まらしていたのだった。ボクは、その程度のマック・ユーザーなわけで、しっかりと自負していて、クローン、バックアップ、復元といろいろありすぎてさっぱりなのだ。ネットで知るのもケースバイケースなので、確信を得るにはほど遠い。でも、いろいろと調べるうちに、最善は最小限のバックアップで、新規インストール。しかも、余計なソフトはあまり入れないことがいいらしい、と。それに、ボクの場合必要なバックアップは、原稿と写真撮影データだけといってもいい。お気に入りのナイスな画像と活動写真も無いことはないけれど、トンだときはそれまでと初めから割り切っている。第一、保存したら三度は見ないのだから。メールは3ヶ月経つとMOに入れているので、それ以内の時の事故は諦めることにしている。もちろん、すべてを保存ではなく、自分にとって必要なものだけだ。そんなこんなで、大変とばかりに脳内で理解〜解決できずに熟成どころか薫製になりそうな精神状態を引きずっていたところ、湯船につかりながらめらめらと今日こそ決行だゼ、と決心。用心とばかりにバックアップソフトも別途用意していて、2重のガードと決め込む。最初、そのソフトで恐る恐る行うも、ワンクリックが1時間待ちとか、フリーズも1度起きた。出来上がった起動ディスクはまともに動かず。結局は、もう覚悟を決めてパンサー付属の復元機能で、あっさりとあっという間に完了する。これ、やってみると復元という意味が分かってくるから不思議なものだ。でも、復元先のボリューム名が同じになったのは慌てた。なにせ、その後に同じサイズに切ったものだから。完全なリフレッシュには至っていないけれど、パテ切りができて、復元が簡単で極めて有効な機能であることを知ったことに充分満足したのだ。とはいえ、デジカメを持たない自分にとっては、永遠に埋まることのない5パテ誕生。

2005-01-28(fri)
 受付開始の10時をついうっかりしたのがすべてだったのか。定員230名のトーク・イベントの入場券を買おうと前から心していたのに、ちょっとおバカなことでネットに気をとられて、気がついたら10分も過ぎていた。とっさに電話するも塞がっている前の段階? “NTTです。只今この電話は大変繋がりにくくなっています”とのアナウンス。30分になっても状況は変わらない。230名以外の大きなコンサートのチケット開始でもあったのか。11時を過ぎても変わらず。さらに30分経過、この時点でリダイヤルの間隔は、5分おきぐらいになる。それでも“もう一度お掛け直しください”とくる。話し中のツーツー音まで至らず。正午少し前に、ボクは部屋を出て今度は携帯からかけるが、相変わらずだ。そうしたら12時10分ごろようやく繋がった。「あの〜、来月行われる森山大道〜荒木経惟のトークイベント残っています」と最後の望みとばかりに聞けば「すべて終了しました」だとさ。回線が一個ぐらいなのだろうか。えらい混雑ぶりだった。でも、今日になるまで知らなかったのは、このイベントの司会者をみて、半分は行きたくなくなったのも事実だったり。これで0.12マンというのは、ボクからすればいいとは思わない。どちらかというと、アラーキー・ファンが圧倒的に多いのだろう。そんな気がしないでもない。外出は、明日あさっての天気次第に関わるある与件含みでなんとも微妙なノリでもあったのだけれど、30日にある森山大道のギャラリー・トークに参加するつもりなので、先にオペラシティ・アートギャラリーで開催中の「森山・新宿・荒木」展を見ることに。平日のこんな時間でも賑わっているだろうとの予想は空振り。ちょっと悲しいほど。でも、その分ゆったりして見ることができた。ボクは、すべて撮り下ろしだろうとの期待があったのに、70年代の古い作品も取り入れる構成をみて、予想外の喜びに浸ってしまった。その古い作品のほとんどは出力ものだったけれど、大きさといい雑誌で見るのとは絶対に伝わってこない世界があって大満足。

2005-01-27(thu)
 えげつない迷惑メールが目立つ今日この頃。露骨で卑猥な件名で送ってクリックすると思っているのだろうか。もう、ここに書けないくらいひどいものが徐々に来ている。そんなものは、野郎のところばかりでなく女性のところにも当然着信するのだろうから、どうしたものかとふと思うのであった。そんな昼過ぎ、パスタでいいともぉ〜とかなんとか食べ終えてぼんやりしていたら嫌いな電話が鳴る。勧誘電話は多い訳ではないのに、かかってくる電話のほとんどが勧誘・セールスばかりだと電話嫌いのうえさらに嫌悪感が増し、憎悪すら感じてしまうのだ。金融もの、不動産販売、屋根の張り替え、墓地ができました、などなど。なかには音声テープというのもある。これを聴いた時なんかブチ切れだ。しかも、テープのはこっちがハイとかモシモシと言わないかぎり音声が出ないような仕組みなので、本当に不愉快極まりない。少し前に捜し物でメーカーに電話をしていての返事待ちだったから即受話器をとったら、なにかNTTの電話案内のように一瞬テープかと思えるほど感情のない口調に、またかと思い始める。毎度のように“ご主人様ですか”ときた。これも、あんまり気分いいものではないのだ。かといって、見ず知らずの相手からいきなり“タロウさんですか”と言われて素直に返事をするはずもなく、もう本当に嫌になってしまうのだけれど。そうしたら、なんとか商事、いやなんとか物産(うまく聞き取れず)ですが、といままでにないノリなので聴いてみたら、ドイツワインの試飲会にいかがですか、ときたのだ。喜んで!! イクイクゥ〜、と即答しそうに、いや本気で即答したいと思う間もなく、(メンドクサイからなぁと感じて)いやぁ〜酒飲めないんですぅ、と心にもないことを平気で言って終わらせたのだった。こんなもの、行くと言った先にはろくなモノしか待ってはいないのだから、ウソで誤魔化すのであった。昨日の今日じゃないけれど、電話勧誘・セールスの世界なんて関心もなければ興味もないけれど、その実態はどんなものかと見てみたい気持ちはあったりする。先月だったかな、池袋を歩いていたら三越のエントランス前の歩道で堂々とマルチ紛いのセールをやっていた。やらせではなかったと思うし、おばちゃん達が夢見心地のようなまなざしでウンウンとうなずいていた光景を思い出してしまった。

2005-01-26(wed)
 昨日起きた思わぬアクシデントは、なんとか応急処置をすることで解決した。気分的にへこんだものの、経年劣化は避けられない。でも、こんなことでも経験しなければその中身は分からないもの。おかげで、ちょっと勉強になった。構造そのものはいたって単純なことに拍子抜けする。さらに精神的なへこみに加え、本当にへこんでいたのだから思わず腹のなかで笑ってしまった。普段目にすることのない金属の摩耗にとてつもない時間が潜んでいると思うと、今は無駄なものが溢れ過ぎていると思う。それに普段から気にしない事って、いざとなると突然襲ってくるもの。病気と同じだ。その昔、滅多に行わない部屋の配置換えみたいなことをしていたとき、スピーカーを動かすこととなった。ついでにネットを外してみたくなって、久しぶりのご対面となった。当然、スピーカー本体に触りたくなるもの。それでウーハーをちょっと触ったらズボッ、と破れたのだ。思わず叫んだかどうか忘れたが、驚いたものだった。そして、指先がなにやらベトベトしている。そこでハッとなって気づいたのは、これはタバコのヤニだったのだ。エッジのところなんかスカスカだった。学生時分に買ったSPで、ほぼ同じくしてヘビースモーカーとして生活してきた。タバコの煙が及ぼす悪影響のことなんて思いもつかなかったから、こんな現実にかち合ってもピンとこなかった、という記憶がある。だから、こんなことになるくらいなら喫煙なんて止めてやる、と思ったことはなく、たしかこの後すぐにTANNOYのスタジオ用小型SPを格安で手にしたはず。それでもしばらくは喫煙していたと思う。ボクの禁煙は、その後になる。理由無き成功とでもいえるのか、止めたい止めたいと願っていた訳でもないのに、一夜明けたら吸わなくなっていたというもの。これは未だに不思議な現象だと思っている。

2005-01-25(tue)
 1月期クールのドラマで「ごくせん」がダントツの視聴率独走にウキウキし、昼12時15分ごろ、司会者が5年ぶりの登場○○○○さんでぇ〜す、と言うとき、その5年前のテレフォンショッキングの映像をおぼろげながら覚えている、そんなミーハーはボクでも、今ほど酷い有様のテレビを見ないようにするかと、ちょっと本気で感じ始めているきょうこの頃。ワイドショー、バラエティ、深夜番組などを別にして、もしかしたら今一番ひどい内容はニュースじゃないかと思うのだ。もうなんというのか、今更何かを求めてはいけないのはいうに及ばず、何かが分かることも伝わることもないと思う。それと、NHK〜朝日新聞のごたごたが何やら騒がしいとか、NHKの受信料不払いが増えていることに驚きはするものの、まぁ自分を差し置いてテレビ離れが進むのだろうか、とふと思うのだ。それでもテレビは止められません、という感じなんだろうな。もっとも、ボク一人が心配する必要もないのだけれど、とくにTBSのいろいろなノー天気ぶりには毎度のことながら唖然となるのに、以外にも定時のニュースが他よりほんの少しまともかと感じることがある。そのへんを楽しんじゃう余裕がない自分は、やっぱりまだまだなのか。変わって、少しばかり大きくへこむ出来事がひとつと、思わぬアクシデントが起きてへこむことがひとつ起きた。大きいほうは、もう一度初心に戻ってやり方を見直すことなのに、今まで気づかなかった自分が情けない。アクシデントのほうは、さすがに当然といえる経年劣化なので仕方がないと諦める。実はこういった事があると、先に書いたテレビ離れのこととは何の脈絡もないのに、以外にも相反する力関係が作用するのか、きっぱり離れることができるような気がするのだ。もっともテレビ欄を見ない、地上波を見ない、それよりもスイッチを入れない、いやケーブルの契約を止めることがいいのか、とまだまだ道険し。

2005-01-24(mon)
 とうとうと言うか、ついにというか、いやまだだったのと石が飛んで来るかもしれないことをやってしまった。何のことはない、CDをiTunesに取り込んで聴くことだ。ある種の抵抗もあったし、大げさには罪悪感もちょっとは持っていた。いや、そんなの邪道だよ、と思う気持ちとも言える。過去には1度だけiTunesで聴いたことがあった。その時は、できたての音源をCDRに焼いたもので、CDプレーヤーが認識しなかったが故の処置だった。CDRの時点で、ボクは音楽であることは認めるけれど、作品とは意識できないのでどんな手段で聴いてもただそれだけのものとしか感じない。ちょっと大げさか。今回は本物なのだから、一線を越えた行為とばかりにドキドキしたことは全くなく、新規プレイリストを作って、全トラックを選択〜ドラッグしたらものの2,3分もしないで読み込み完了。1曲目の読み込みが終わると即再生が始まるなんて、ドキドキするまえにオイラびっくりってなもんだ。このあっけなさには正直、意固地になっていた自分が悲しくなってしまった? クリック後の立ち上がりなんて世界最速のデジカメより早いかもしれないと、もう頭がクラッ〜とくる。肝心の音だって、ボクのチープなPC用小型スピーカーでも悪くないのだ(名前だけのHerman/Kardonなのだが)、と言いたいところだけれどベースなんかは泣きたくなるなぁ。そんな無い物ねだりを別にして、こうなるとこんなオイラでも手のひら返すように、良いんじゃないのと思い始める。それに、増設したHDDも完全に持てあましているので、早速保存先を変更する。でも、何か違和感があることも確かだ。いや、もしかしたらHDDに保存という行為そのものにボクは飽きてしまうかもしれない。実際、3枚ほど取り込んで飽きてしまった。とにかく、CDは背文字が見えなければ探し出すことができない。そんな状態になっているボクの貧弱なライブラリーは顔を畳につけてからでないと何がどこにあるか分からないのだ。その意味では、どんどん取り込んでライブラリー化する手は有効かも。あぁ、なんだかなぁ〜。

2005-01-23(sun)
宅急便来ず。ちょっと楽しみにしていたものだけに苛立つばかり。そんな午前中の早い時間、ほとんど変わることのない日課とはいえない自分なりの細々な事を済ませ、朝飯と同時にコメをとぎ、握り飯を作って3時間後に某所へ向けて出発だと意気込んでカーテンを開けたら今にも降りそうな空模様に愕然となる。天気予報を見ると、最高気温が前日差マイナス4度とあって、こりゃ寒い訳だと、すでに部屋がなんだか冷蔵庫に近い具合に合点がいくのであった。さらに天気予報をみると同時に炊飯器のスイッチを入れたものだから、保温を一切しない自分にとっては大変な誤算を生むこととなった。来る気配のない宅急便に、どうあがいても適わない天気をまえにして、予定を組み直す。外出すらその気にならないほどどんよりとした天気だからこそ、往来が空いていると思えば写真が撮れなくともボクは喜んで出歩く。誤算となるかなり早い昼飯をすませ某所へ向かう。約90分にわたるトーク・イベントは、オープニングからゲストのパネラーがなんだかトーク・バトルですね、で始まった。これは面白くなるかなと思えたのだけれど結局は、終始熱いトークではあったかもしれないが、先が見えない大きな括りのなかでお互い触発しながらかみ合わない展開には素人のボクでも少なからず得たもの以上にかなり窮屈であった。それは、よくある最後の質問コーナーとなった時、出展作家が発言する機会もなく最後まで壇上にいた不思議さもさることながら、参加者のなかから誰も質問がなく、その中のある作家がいみじくも放ったきょうの居心地の悪さみたいな部分を代弁しようとした気持ちにすべてが語られていたかもしれない。そんなとあるイベントも、実際に参加しないことには分からないのだから現場とは面白いものだと思う。それにしても、昔でいうところのスライド・プロジェクター、今ではiPhotoを通して行えるんですね。当然といえば当然かもしれない。ウインドウズもあったから同じようなものがあるんだろう。それに、画像のみならずテキストも同じ画面で展開できるので便利なんだと感心する始末。そして、当たり前にスマートなのだ。ならば、iPod photoでどこででもできちゃうのか。

2005-01-22(sat)
午前中に宅急便が来るかもしれないと読んでいたのに、結局は来なかった。もう一つの荷物は郵便で届いたので、予定の半分をなんとか計画通りにすると決める。まぁ、ボクのあくまでも勝手で、後から行う不在票の扱いがとても嫌なだけなのだ。それに運送会社にしても対応が様々。やっぱりメール対応しているヤマトが一番いいのに、送り主からすると特に会社ではヤマトはけして安くないらしく、ヤマト以外の大手を使うことになるらしい。まぁ、どことは書かないが、ボクは過去に何度もあり得ない迷惑を被っているのでほとんど信用していない。ということで、行こうと思っていたある企画展のレクチャー行きを諦める。さて、こんな時は意外な判断をするものなのか。もしかしたら永遠に使わないだろうカラーフィルムを冷蔵庫から取り出す。2年前の暑い8月にとある取材で使うかもしれないと直前に用意した1本のカラーネガ。結局、その必要がなくなり、そのままお蔵入りとなっていたものだ。パッケージをみると来月までが賞味期限とある。こんな時でもないと本当に使わないでいたかもしれない。ほとんど無意識のうちにバックに入れたのだ。先に入っていたモノクロフィルムを撮り終えて、カラーネガを入れる。場所は、何となく来てしまった新宿。何枚か撮って、はたと思い返す。何やってんだろう。色をほとんど見ていないし、まして形も見ていない。カラーならではの気構えみたいのがあるのかどうか。つい、頭のなかで自分が見てきたいろんなカラー作品がオーバーラップしてしまった。ということは、やっぱり模倣から始まるのか、とか。出来る出来ない、好き嫌いも無しにして、(カラーネガと)向き合うことの面白さを久しぶりに瞬間的に感じたのだった。いや、そうではなく、ボクの場合実はそれ以前の問題に止まっているのだけれど・・・・。

2005-01-21(fri)
先月に引き続き、カメラを修理に出す。同じメーカーでも機種が違うものだ。以前より気になっていた症状を見てもらうのと、液晶のところが危うくなっているあたりの修理だ。それに、気になっていたその症状は、12月に出したカメラと同じであってそのときは異常なしで戻ってきた。とにかく、見てもらわなくては具合が分からないので、銀座へと向かう。ボクは、カメラの修理はこれまで数えるくらいしかない。メーカーも3社どまりだ。そして、窓口に持ってきても決まって預かります、ということになる。よく対応のお粗末さで長年の愛着もそれまで、なんていう話もよくきく。それから見積もりを知らされて決めるという感じだった。そんなもんだろうと思っていたら、今回は、ベテランと思しき方が首をかしげ、ボクが持参した撮影済みのモノクロネガの症状がでている部分を天井にかざして、不思議ですねぇ〜、というのだ。どうやら、今までにないことらしい。それじゃ、先月の時の診断は何だったのか。まぁ、それはいいとして、ボクもこの時まで完全に光漏れだと勘違いしていたことに気付き、通常の不具合ならばあり得ない事に初めて理解したのだった。幸い、この部分は無償でとのことになったが、さてどんな見積もりがでることやら。ボクは、結果がどうあれとことん診てくれる姿勢に嬉しくなった。こういった世界って、どうなんだろうか。先日発表されたニコンSPの発売も、精巧極まりない機械式カメラの発売があると同時に、修理もまた同じレベルを維持しなければならないのでは、とふと思った。入り口があれば出口もしっかりと、という事だろう。といっても、製品発売につく補完する姿勢とか、サービスという考え方そのものが企業によっても様々ならば、まだまだ未成熟といえなくもないし、ユーザーにしても極端なこと、修理の有償対価が分からない世界があるから、なかなか難しいのも確かであろう。でも、良いものほどその環境は疎かにできないはずだ。帰りは、風こそ強かったけれど天気がいいので、外苑前で降りて渋谷までスナップしつつ、いくつかのギャラリーにも立ち寄った。この界隈も軒並み大きなビルが建ち並び、空を往来の視界から遮っている。日差しを奪われた寒いメインストリートなんて、はたしていいものかどうか。それに後戻りもできない。それでも、少し奥まったところは西陽が眩しく古くても開放的な裏道がまだ残されているのが爽快だった。

2005-01-20(thu)
今月になってから迷惑メールがじわりと増えているみたい。スパム、ジャンク、出会い系などごちゃ混ぜだ。なぜかエロ系は少ない。いや、ほとんど無いといってもいいくらい。日本と海外の割合は、ほぼ半分づつ。しかも、海外のはいちいち見ていないので分からないが、件名で判断するとショッピング系がほとんど。健康ものとかビジネスソフトのディスカウントとか、果てはお堅い経済ものまでいろいろだ。この手のことを克明に書いているブログとか、あるいは出会い系の送り主とのやりとりを一部始終公開しているようなところもあって、最近は実に巧妙なんだそうだ。ボクのところは、これまでせいぜい日に10通くらいと、気にならない数だったかもしれない。この10倍分も毎日届く、というところもあるので、多い少ないはどうなんだろうか。少なくても精神的苦痛甚大という方もいるだろう。ボクの場合、少ない数でも正直歓迎するものではない。メーラーのmailがもつ学習能力も高く、それはそれで満足しているものの、その増えてきているなかに海外からご新規さんがすり抜けて来るのだ。それも幸いというかなんというか、何度かここでも書いているけれど、旧ドメインへのみ集中して届く有様。さらに、増えてきた分のもう一つの傾向は、そのなんというのか成りすまし系? だったりする。たとえば、tanakaという差出人から○○○○です、と来ればついクリックしたくなるものだ。それも、ご多分に漏れずヤフー・ドメインのものばかり。垂れ流し状態なのか。

2005-01-19(wed)
108560 ≒ すっとこどっこい
先日ネットニュースをみていたら、DDIポケットが2月から256kにアップしたデータ通信を始めるという。しかも、つなぎ放題で月1.3マンだという。今時、この金額に誰が納得するのかとビックリしたものだ。そういえば、と自分のケータイもDDIポケットで、他のキャリアはしらないがネットで現在の料金照会ができることを思いだしたのだ。それに、ちょうど先月分の明細書が届いていて、まぁこんなもんだろうと自分で納得してたところ、早速照会のところへアクセスしてみた。するとだ、通話料金はまだ200エンにも満たないのに、パケット数のところで目が点になった。それが、先の数字なのだ。108560 なんじゃこりゃ!!!! これ、今日までの今月分である。実はパケット制のことは、買い換えたこのDDIポケットが初めてなのだ。正直あまり理解していなかったし、料金表みたいなものでは、1パケットが小数点以下という極端に小さい単価だったので、仮に普通に使ってもたいしたことないだろうとしか思っていなかった。でも現実にこんな数字をみるとガクガクブルブルってなもんだ。ウゥ〜ム、たしかに正月に姪っ子を撮った画像を沢山添付して送った。でも、一枚の画像なんて10〜30kだからたいしたことないだろうと。それと、ちょっとばかりインターネットも使ってみた。多分、このネット使用なんだろうと。ボクのPHSはブラウザーのOPERA搭載だから通常のウエブを見ることができる。テキスト・サイトならいざ知らす、写真サイトあたり、自分のサイトだって試しにと何度か見た。でも、こんな数字になるのかとちょっと調べてみると、1パケットが128バイトで1KBは1024バイトで・・・。嗚呼、とんでもないすっとこどっこい決定だ。
こんなすっとこどっこいは相変わらずの風邪で絶不調。ところが、早朝に大魔王から、今日の“和久井光司&セルロイド・ヒーローズNEW YEAR PARTY”[和久井光司 (vo&g)、日戸修平 (g)、伴 慶充(ds)、中川圭介(b)、柳島宏(b)、渋谷有希子(b)、笹木直子(tp&cho)、ちえぞう(sax&cho)、平岡公和(sax)]の写真よろしく、とメールが届く。先に案内は届いていて、正直いってこの体調では無理だと思っていたのだ。ウゥ〜ム。20時の開演に間に合うように出かける。場所は新宿コマ劇場の裏にあるCrawdaddy Club。行きがけ、歌舞伎町の入り口でなにやら人混みを発見。こんな平日にナイトレースの予想屋が万馬券でも当てたのかと思いつつ近づいてみると、露店の摘発だった。でも何かが違う。私服の警官と思しき大勢のなかに、なぜかビデオカメラを回すのが3人もいる。しかも現場だけではなく、その周囲つまり野次馬も撮っているのだ。私服といってもごついおっさんじゃなく、なんとなくやさ男風。通行人が言っていたけど、“実録! 警察24時、カメラは見た”の撮影としか思えないのだ。こんな風にして撮っているんだなぁ、と。いや、作っているんだなぁ、と。俗に言う、やらせと呼ぶものか。ボクは、何枚か写真を撮った。それも間近で。本物ならばカメラを向けることさえできない緊張感が漂うのに、それが微塵もないのだ。その現場を過ぎて角を入ろうとしたら、自転車に乗った本物の警官3名が何事だと後ろから見ていたのには笑ってしまった。さらに、この手の番組のエンディングに流れる常套文句を思い出したら、とんでもないすっとこどっこい決定だ。さて、新年ライブは、カメラを構えようとすると咳が止まらずかなり厳しかった。それと、ここの雰囲気はよかったなぁ。音も乾いたアメリカンという感じで、今まさにギターに火をつけようとするジミ・ヘンと向き合えるトイレも最高だった。帰りに、もう一度ヤラセの現場を通ったら、同じ商品が並んでいて、そのとき野次馬のなかにいた外国人2人がせっせと商売していた。

2005-01-18(tue)
相変わらずいい具合に寝付かれないものだから、深夜に一度起きてしまうことにもう慣れてしまっている。しかも風邪だからほんとうにどうしようもない。それでも、そんな午前2時ごろ、起きた瞬間に立ち上がってパソコンの電源を入れてしまうのも習慣になっている、かもね。画面が立ち上がったら、なんとマウスポイントが動かない。何事だっ! とばかりに慌てる。キーボードは時に飯を食うとき垂直に立てるのに、これがスコンと滑るのでもしや断線か、とも思った。これじゃ、深夜にサクサクと開くイロイロなサイトが見られないじゃないかと思えば、電源を切ってUSBの差し替えだ。背面から前面へと、近くにありながら手が届かない詰詰の状態だからカリカリしてくる。重いパソコン本体を動かして前面に差し込む。それで、起動すれば問題なくマウスは動いた。安堵するものの、キーボードのコードが本体の前面からくるのはどう見ても気持ち悪い。やはり背面からだゼ、となればもう一度寝てから元に戻すことにしたのだ。結局は、差し込みが甘くなっていたのだろうか。それにしても、風邪だと普段しないこと行動をするものなのか。実は、きのう初めてザーサイを買った。何となくか気の迷いか。それもモモ屋のではなく固まりのやつだ。なんの疑問も持たず開封して洗い落として、薄切りにしてツマにして食べたら、これがとんでもない。塩よりしょっぱく脳天が悶絶する。あぁ、やっぱり原産国があそこだからとんでもないものを作るんだな、と一人勝手に決め込んでいた。朝になったら捨てようと。それで、袋をみると裏に調理方法が載っている。なんでも水洗い、水抜き、そして湯通しと、3段階の手間を必要とするではないか。無知とは恐ろしい。ということは、そうすることで最終的には自分好みの味付けにできる訳だ。そう思うと、捨てるなんてとんでもなく、その手順通りにやってみようとなった。それで、夕方にやり始めたのだ。ついでに、軟弱ないつもの金平ゴボウと銀鱈のあらに烏賊も入れてしまったミスマッチ鍋も同時進行で作る。ザーサイは、少なくともモモ屋の味にはなるだろうと思っていたら、とんでもない。まだまだしょっぱいのだ。かなり甘く見ていたのだった。

2005-01-17(mon)
午後、JR某駅でToddと待ち合わせ。古い付き合いだから書いちゃうけれど、何かとテンションの良いときとそうでない時の落差が激しいので、ボクは必ず自分のペースに合わせることにしている。そうでもしないと、約束が約束でなくなって・・・・。なんだか、10日に日本に戻ってから忙しない日々らしく、幸い電話をもらったので即会うことにしたのだ。甲高い声で「チャリで改札まで行くよぉ〜」という相変わらずの可笑しさだ。でもだ、チャリもいいけど、m・aファンとしては新譜発売のブランクが長すぎる。今日も「エムエ〜無いよぉ〜」と、この言葉を何度聞いたことか。とにかく、なんか出してよぉ〜、なのだ。で、ボクが改札で待っていると男性が改札を通ってきた。すぐに誰だか分かった。大学の先輩であるFさんだ。つい数年前、ボクは短い間あるところで仕事をしていて、そこにFさんも勤めていたのだ。かなり昔、Fさんがそこへ勤めるきっかけになった訳ではないだろうが、そこへ移りたいと揺らいでいたFさんから相談を受ける形で新宿ハルクの裏あたりでグデングデンになるまで飲んだ日のこと、ボクは忘れられない。ボクとFさんの会話を隣のテーブルで聞いていた方が、なんだか面白そうだから近くのジャズ・バーへ行こうとなった。そこでラムをロックでグイグイ呑んだものだから一気に飛んでしまったのだった。その後、ボクはJR東日本の病院前で寝ていたらしい。トホホ。ということが、久しぶりの再会でも一瞬に頭をよぎる。お互い名刺なんかを交換して別れたのだけれど、何かと縁を感じるのであった。なんせ、大学の卒論・卒制の学科発表の前の晩に、Fさんのアパート宅で当時のアルバイト仲間とこれまたグデングデンに呑んで泊まって、ボクは朦朧となった二日酔いのまま発表のある教室になだれ込んで、センセーたちを前にして醜態をさらけ出したということもあったなぁ〜。なんだかなぁ〜。用事が済んで、そのまま引き返すつもりを新宿へと変えた。渋谷でなければならない理由はないのでここで細々と済ませて、ついでにMacコーナーでiPod shuffleを見てきた。あっ!、となってこれで確実にまた一歩iPodから離れてしまった。欲しい気持ちはあるけれど、今のところiPodで音楽を聴く絶対性が無い自分には、もしかしたらshuffleにこそという期待があったのに・・・・。帰宅後、時間が経つごとに風邪がぶり返す。情けない。

2005-01-16(sun)
ときにカチカチ、ときにべっとりズルズルな風邪鼻がようやくスゥ〜と貫通する。残るはしぶとい喉だ。昨日もそうだったが、午後に何か引っ掛かるようにして咳が止まらず。窒息するんじゃないかと思うほど、出そうで出ないこともあった。最後のヤマなのか。午前中、スキャンの続きを行うも、写真屋がフリーズ。メモリもドンと積んだばかりなのに、記憶ディスクも別にしてあるのにどうしたのだろうか。強制終了でも認識せず。終いには、PC本体も落ちない。大した量でもないのに、スキャナーは途中から悲鳴にも近い音を出したりするし、当然本体は熱くなっている。ウゥ〜ム。
さてさて、食材は充分なのに、なんとなくジャンクなモノを食いたいと思い立ち冷たい雨のなか夕方外へ出る。幸い小降りになっていたのだけれど、人っ子一人いない道路は、ちょっと言いようの無い不気味さが漂っていた。そういえば、丸二日間雨に祟られたボロ市というのもあまり無かったのではないだろうか。少しでも雨が止む事があったならば、そんな時のボロ市を撮りたかったのに仕方が無かった。最初、近くのコンビニで宅急便を出してから、サミットにするか西友にするかで悩みちょっとばかり近い西友にしたのが正解だったのか。
『季刊写真時代21 5月号』
『石内都 モノクローム 時の器』
『現代の写真 失われた風景ー幻想と現実の境界』
『ニュージャパニーズ・フォトグラフィー1990`s』
上記、4冊を帰りにふと立ち寄った本当に大嫌いなブックオフで購入。週末セールとかでレジに打ち出された金額は3000ウオン。感謝の気持ちを込めて買わせてもらった。上から有名な白夜書房(84年)、国立近代美術館(99年)、横浜美術館(97年)、横浜市民ギャラリー(96年)。下の2冊はちょっとアレだったが、ボクは何と言っても石内氏のカタログがあったことに嬉しくなった。これは、京橋のフィルムセンターで行われ、当時観に行ったことがあるからだ。有名な「絶唱・横須賀ストーリー」のヴィンテージ・プリントを初めて見る事ができ、「1・9・4・7」と題された大きな作品の圧倒的なまでのモノクローム・プリントの迫力に打ちのめされた記憶が蘇ってきたのだ。

2005-01-15(sat)
15日が成人式だった頃も天気が荒れることが多かったのだろうか。雪の成人式、なんていう映像がちょっと懐かしい。やっぱり、成人式は15日であるべきだよなぁ、となんというのか1月のモチベーションが噛み合ないと違和感を覚えるのはボクだけか。それにしても、この冷たい雨には、さすがのボロ市も参ったのではないだろうか。知り合いが出店するというので楽しみにしていたのに、この天候ではどうすることも出来なかった。9時の定刻に開催の花火が上がったけれど、夜は2時間早く19時に終了の合図となる花火が上がったから、こんな事もあるんだなと思ったものだった。終日、ブローニーのコンタクトをスキャンしていた。はじめて使う機能で、何がどこまでできるのかと普段から慣れないが故にいろいろと試行錯誤する始末。本来のベタ焼きならば、ネガの濃淡で露光時間を調整していとも簡単に終わる。そして現像液の中から浮かび上がってくる像をじっくりと見る行為そのものが、撮影の時と併せてより脳裏に焼き付くことができるのに、このスキャンという行為は暗室の廃液を出さないという別軸のアドバンテージだけなのか。慣れてないこともあるが、感触としてさっぱりなのだ。それに、専用のフィルム・スキャンではないからガラスにつくホコリに困ってしまう。ものすごく煩わしい。プリントの時も、ボクはガラス付きではないネガキャリアを使っている。これは、平面性がとれない反面ホコリの煩わしさがないだけにテンポよく作業が進む。まぁ、あくまでも目安にしか過ぎないと割り切ってのスキャンにも関わらずなのに。露光オーバーだったりコマ間が短いと、サムネイルの読み込みが出来ないなど、不自由なことばかりだったり。変って、きのう書いたニコンSPの値段のこと。レンズ付きで約75マンという値段、ボクのカメラのなかでは本当にピンとこない。けれども、たとえば今は封印している大好きな自転車ならば、軽く50マンオーバーのMTBを自分の好きなパーツで組みたい、と平気で真剣に考える自分がある。ちょっとクラシカルな細めのクロモリ・チューブに軽量パーツをという塩梅だ。しかもカンチ・ブレーキといきたい。もちろん、フロントのみのリジッド・バイクだ。いや、フル・リジッドでもいい。アゥ〜。(たかが)自転車に50マンなんて信じられないという方は実際多いと思う。だからこそ、カメラも自転車も好きな者にしてみればなんでもアリなのだ。だって、オーディオだったら(普通に)ゼロが違ってくるからネ。と、そんな事も考えながらチマチマとスキャンしていたのだ。

2005-01-14(fri)
いつになくぐっすりと睡眠できたのは、昨日の取材から解放されたからだと思う。といってもいつも目が覚める時間は、かなり早い。今日は、その時間からほんの60分ほどずれた分、あぁなんだかよく寝れたなぁという訳だ。そして恐らく信じてもらえないと思うが、ボクは目が覚めると同時に、いつも壊れかけている脳内が即動き出す。その目覚めがいいのかどうか分からないが、寝ぼけ眼、という事がまったくないのだ。あるとすれば、それは二度寝した直後かな。あの二度目の睡眠ほど深く、そして変な夢をよく見るもの。朝はウダウダとネットを見たりしながら決まった時間に朝飯を食らい、ぼぅ〜としていたら、あっ! と思い出して、急いでメールを出したのだ。それは、昨晩そんなに遅い時間でもなかったのだけれど、オーディオ誌で健筆を揮いジャズの造詣も大変深いK氏からの電話のやりとりの事をすっかり忘れていたのだ。
何かと言えば、
「サト〜さん、プリント自分でするよね。引伸し機、サイズいくつなの」
「67まで出来るやつです」
「あっそう。もっと大きいの要らない」
「えっ!」
「いやぁ、知り合いが手放すっていうから」
「嬉しいんですが、その大きさだといろいろと....」
「そうだよねぇ〜。それじゃ、どこか買取するところ教えて」
というようなやり取りだったと思う。その後に買取するところをメールで送らなければならなかったのに、風邪でヘッロゥ〜〜な状態だったから、大変失礼なことをしてしまったのだ。何より、このワタクシに声をかけてくれた事に恐縮してしまった。
ウゥ〜ム。話を機材にすると、滅多にないチャンスであったはず。67以上のものとなるとそう種類がある訳ではないし、初心者向けみたいなものもないはずだから、大変立派なブツだろうと思うのだ。だけれど、それ以上の機種は、まずその暗室そのものの土台がしっかりしていて、引伸し機を置く台にしてもヤワなものであってはならない。幸いというか、けして強がりではなく置けるだけのスペースはまだあるし、それなりに丈夫に出来ているボクの板の間暗室兼台所なのだが、大判へという気持が今のところ無いから、というよりまず揃えることすら永遠に無理な訳だから、お断りするしかなかったのだ。そして、ニコンが「SP」を復刻する報を夕刻に知る。高いかそうでないかは別にして、マニアではないボクにはただRF機の名機だということしか知らない。そして、35ミリF1.8が付いて724,500円という他を圧倒するその値段に実用という言葉はピンとこない。でも、アナログの忘れてはならない世界を絶やさないニコンの心意気を評価するとの声が多いようだ。ボクは、その大型引伸し機を手にすることをしなかった。その物理的な大きさと制約、SPのバカ高さ、と(ボクにとって)立ちはだかるものがあっても末永くつき合えることだけは間違いない。

2005-01-13(thu)
先週末に届いていたのに、当日になって荷物を開けてしまう自分を直さないといけないのだけれど、今日行われる取材に必要なICレコーダーの動作確認をする。音元出版から、いや正確にはIさんからの借り物だ。取り扱い早見表みたいなもので確認しようとすると電池切れだった。単4はあいにく持ち合わせてなく、10時の開店に合わせて他に食材も買う必要がありスナップを兼ねて外に。ブローニー1本分を撮る。電池なんてどこでも買えるのに、そして領収書扱いなのに、しっかりと値段比べをしてしまう自分にそこまでやるか、とふと自問する。定価販売のコンビニは論外で、今はドラッグストアが狙い目。それでも定価のところと激安のところといろいろある。このボイス・レコーダー、ほんとうに小さな音もひろうので驚いた。まぁ、そんな頻繁にあるわけじゃないのに、こんな時にそのiPod shuffleで録音できればいいなぁ、と切に願うのだ。もちろん、携帯電話のことは一切考えていない。さて、昼飯をとりつつ、鮭のあらと白菜とジャガイモと椎茸で簡単な鍋を仕込む。これは、夜の大切なツマである。アク取りが済むと絶妙ないい香りが漂う。あとはコトコトと煮込むだけ。激しくまいうぅ〜、だ。風邪だから、直そうと思って風邪薬を日に3回食後に必ず服用しているのに、きちんと夜呑んでいるから直らないのだ、と自分を戒める思考はどこにも存在しない。ギャォ〜。取材は乃木坂方面で17時からなのに、先日出しておいたカラーネガの仕上がりを受け取るために早めに出る。下北沢にも用事があるので、駒沢からいつものように歩く。17時までにフィルム1本撮ろうと久しぶりにコンパクトカメラに装填する。歩きながら、先月修理から戻ってきたカメラの試し撮りがまだだったと知り、カラーネガも今度からはスキャンでのコンタクトにしておけばいいんだと思いつく。下北沢で小田急線に乗り新宿へ。現像のみのネガを受け取り、仕上がりをライトボックスでみるとなかなかいい感じだ。面白い。ついでにMacコーナーへ立ち寄るものの、shuffleは15日発売とあって、デモ機すらなかった。多分、nimi以上に売れると思う。取材は、風邪という無様な非礼に申し訳ないと思いつつ、なんとか無事に終えた。

2005-01-12(wed)
先日来、その取材のたたき台、などといかにもという書き方をしたけれど、口べたで上がり症なボクにしてみれば、最初のきっかけをどう決めるか、いやどう見つけるかという事だけでもの凄く悩んでしまうのだ。ボクのCPUでは理論的に構築する、なんていう技術は無いので、何度も何度も聴いて肌で何かを感じることになる。それと、これはボクの悪い癖で、どうしてもネガティブな面を先に感じてしまうあたりに自分のダメさ加減を思い知るのであった。嗚呼〜

それにしても、今日はなんだかと実はパソコン周辺が賑やかだった。朝一番にiTunesのプチ・アップデートがきた〜〜〜〜〜〜〜〜、と思ったら、夕刻に シャッフルがキタ〜〜〜〜〜〜〜ァ、だもんなぁ。さらに、Mac nimiも登場と、何やら家電メーカーのノリじゃないかと思った。少し前に、シネマディスプレイを大幅ダウンしたばかりで、それなら最初からそうすればと買えもしないのに憤慨したのもだった。このiPod shuffle、第一印象は文句なくちょっといいなぁ、と思った。その大きさと12時間という駆動時間がボクにとっては大きな魅力。あとは、値段も割安感は少ないがそこそこの値段も良しとしよう。これで、音声録音が出来れば文句無しだ。本音を言えば、iPod miniに音声録音機能があれば、ボクはそれで充分と思っているので、今回のshuffleは大きさというもう一つの絶対的な魅力を大きく引き離した点で注目すべき製品だと思う。それと、Mac nimiはウインドウズ派に対する誘い水らしいが、ちょっと変な書き方をするとこうなる。その時々でマックのトップ機種を買ったユーザーからすれば、近年その自負と所有するプライドを問答無用とばかりズタズタにしてきたマックの製品路線を少しは見直したのではないだろうか。(実力充分の)ローエンド・モデルがあってこそトップモデルが初めてその証を誇れるのだから。でも、トップモデルを最初に作ってから改良を加えて中級機を作るのか、それとも普及機を先に作ってから吟味に吟味を重ねて究極のトップモデルをつくるのか、マックは一体どっちなんだろうか。まぁ、デジタルの進歩は一概に、そしていつも決まった方向は見出せないのだけれど。それともうひとつ。現在のスキャナーは購入して間もなく1年が経つ。キャノンの8200Fという機種だ。今回、はじめてそのフィルム・スキャンをやってみた。実は、先日自分が自分のカメラで撮られ、そのフィルムを自分で現像したのが昨日だった。水洗のときに出来た像を見てビックリ。昼頃に、その撮影者の方からメールが届いて、あのカット気になりますねとあったから、プリントするにもいかず、それならばとスキャンを思い立ったのだ。便利なものに違いないけれど、これで暗室がさらに疎かにならないために自分の中では絶対に行わないことに決めていたのだけれど、使い方次第では勿体ないものと今更に痛感する。時間はかかるが場所をとらないベタ焼きの代わりになるからだ。で、そのカットも含めこの一連のボクの行動はいろんな事情があって今のところ具体的に書けず、またアップもできない。さらに、その撮影者の方もモゴモゴとしか書けない。でも時間がそれ等を解決してくれるはずだ。

今日も賀状が4通届く。多謝。ご自身が撮ったソニー・ロリンズの素晴しいポートレイトが輝く巨匠から、勢いある鳥を直接和紙に描いた同級生から、先輩である現代美術家のカンバス画、そしてボクがレコード店学徒池袋期から長年に渡ってお世話になった方からだった。面白いことに、4枚の画像に共通するのが赤色なのだ。意外かもしれないが、ロリンズの写真も微妙なマゼンダがポイントだと思う。うぅ〜ん、今年1年災いじゃない事を祈りつつ何かを予感させるのだろうか。

2005-01-11(tue)
一向に良くならない風邪は悪くもならずにボクの鼻と喉に安住している。なものだから、手応えのある鼻のかみ具合なんざぁ毎回まったりべっとりと凄いことになっているし、暖房で乾燥しているから時に鼻をほじると、これまたなんかホジホジ、グリグリ、そんで指先を一回転させてさらにホジホジってなもんだ。暮れに買い求めた風邪薬も、普段から薬なんて買い付けてないからその種類の多さに驚き、どれでも同じだろうと思って、いつもの安くて量が多い基準で160錠のを買ったのが正解だったのか。当初、使用期限の2009年までになんか絶対使い切れないゼ、と思っていたのに、こうも風邪が長引くと今度は足りなくなるかもと思う始末だ。とはいえ、先延ばしできないフィルム現像を行う。ブローニー13本、35ミリが7本。特に、ブローニーは先に結果を見たいので、撮り溜めをしないことにしている。6時に現像液を作り、9時30分ごろにスタート。ボクは、35ミリにしても長タンクを使わない。使えば、時間の短縮になるけれども現像ムラのこととかで考えないことにしていたのだ。でも、ブローニーが加わったいま、長タンクは必要なのかもしれない。そんな事を考えながら2回目の現像に差掛かったとき、ロールへの巻き込みが上手くいかなくなる。ダークバックで約60分身動きがとれなくなる。35ミリでしみ込んだ巻き込みの感覚は、ブローニーでも生かされているようで上手くいっていない感触は同じ。結局は最初の巻き付けをスムーズにすることが大きなポイントだと分かる。さらには、フィルムが大きいだけにメーカーによってフィルムの堅さが違うことを感触で知る。この60分が、経験者にしか分からない悶絶・苦痛の時間なのだ。電話が鳴ろうが、生理現象が起きても身動きがとれない。そして、フィルム1本をダメにする覚悟は間違ってもしてはいけないのだから。昼を挟んで、すぐに再開だ。午後からは取材予定となるミュージシャンの作品をエンドレスで鳴らす。現像は順調に進み、35ミリ3本を残して徒歩10分のところにある区の中央図書館へ。閉館時間のこともあってそうしたのだけれど、実は思いがけない事を図書館の帰りに出会う。18時を過ぎたころ、小学2年生くらいの男子が、ボクに道を尋ねる。真っ暗で、目線があってからボクの顔を近くで見て驚いた気配もない。聞けば、行き先はボクの住む町内だ。何番地何号まで知っているので、近くまで一緒に行こうとなった。歩きながらいろいろと聞くと、なんだか口調がおぼつかない。ボクを怖がっているとも思えず、どこへ行くのと聞けば、Aさん宅で、その子はBという。相手も心配だろうとまずは電話をすると、相手は同級生のお母さんといった感じだ。今どこなんですかと聞くので、○○センターの前ですとボクがいうと、相手はその子供の住んでいる近くだから大丈夫ですよ、ということで電話を切り、友達のところへ行くのと聞くと、今のは母親だという。一歩家を出た途端に分からなくなったのだろうか。それと、じゃぁ、さっきのAさんとB君の名前の違いは、と聞けば間違ったという。もう、こうなると訳が分からなくなるし、本人も困っている気配が本当なのかどうか、それに普通の会話というかやり取りではないので、とにかく不思議な子供だなぁ、と思わずにいられない。冷静に思えば、複雑な家庭環境云々もあったかもしれないが、ボクの問いかけにまともに答えてくれたのが、行きたいところの住所と携帯の番号だけなのだ。次第に近づいてきたのか、近くの中学校を過ぎるとどこをこう行くの、と的確にいうのでようやく安心したのだった。いろんなツッコミは考えたくないけれど、イロイロと考えさせられる事だけは間違いない。帰宅後、気分を戻して、最後の現像をする。年賀状3通着に恐縮する。

2005-01-10(mon)
なんとなく微妙に絶不調。ボクの腹づもりでは、今日は朝からバシバシ状態のはず、だったのが回復への踏み台に立ったまま止まっている感じだ。こうなると、後ろに倒れないように踏み止まるだけでもエネルギーがかなり必要で、13日に予定されている取材のたたき台を作らなければならないのに、ジッとしているのがつらい時とは堪らないものだ。はっきり言って室内のエアコンにしてもガス・ストーブにしても風邪にやられた喉にとっていいことはない。そんなことで、そのたたき台をどう組み立てるかみたいな考え事を抱えながら、外へとスナップを始める。もしかしたら、普段以上に怠けきった正月休みのツケが廻ってきたのだろうと思う。その怠けきったカラダを一度徹底的に落とすことで回復を計るのだが、これがうまい具合にいかないのだ。ヘトヘトになるまで歩いてスナップすることなのに、まだまだ足りないということか。だから先日来寝付かれない原因もそのへんにあるのか、なんて思ったりする始末。案外間違ってないと思う。それにしても、帰りを渋谷経由でJRから新玉川線へと乗り換えたのだけれど、狂気の混雑ぶりはもう慣れているのに、人の流れが、いや歩く速度や仕草などが、あの群衆になるとすべて人まかせになる独特のちんたらムードには毎度のことながら呆れてしまった。しかも世代を問わずにだ。体調が悪いから(頭のなかで)キレなかったのが幸いなのか。

2005-01-09(sun)
風邪には風、だろう。部屋の中でウジウジするよりは、思いっきり外気を吸って寒風に打たれるのがいいのかもしれない。もっともそこまでの体力が残っていることが前提になるけれども。先月に引き続き2回目の風邪とは、なんと情けないことか。だから、風邪には風だよ、なんて人に言うと家でジッとしていなくちゃダメですよ、との答えが当たり前に返ってくる。ボクは、こんな時でもそうじゃなんだよ、と天の邪鬼魂が爆裂するのだ。それにしても風があまりにも冷たい。昼ごろ、直りかけそうな状態から逆戻りになりそうな気配を感じる。そんな中、某所にてお二人の方との会話がそれぞれにあったのだけれど、とても勉強になりかつ興味深いことだったのに、この有様でこうして書き起こそうとしてもうまい具合に思い出せない。午前中お会いした方は、ボクがレコード店学徒時代によく通っていたレコード店の常連さんで、その頃はなにかと会うことが多かった。その後、随分と長い間ブランクがあったのに、今また気さくに話しかけてくれる方だ。その当時は、経営者らしいと聞いていたのだけれど(そのシャチョーさんだと思っていた)、なんと経済科学関係の研究者とのこと。音楽のパッケージ・ビジネス以外に、ジャズの場合まだまだチャンスがあるという視点を、ある世代に絞るかたちでビジネスが成り立つだろうという。共有の場〜時間をカタチにするような視点を、ボクは理論と実態の乖離も少なくないかなとも受け止めたのだが、とても興味深いものだった。午後になると、デザイン関係の方とイロイロなお話をする機会に恵まれた。さらには、何気に持っていたボクのカメラでもってカメラの話から、なんと写真に撮られたりデジカメでも撮られたりと、あいにくモゴモゴとしか書けないのだけれど、とても面白い展開となったのだ。

2005-01-08(sat)
またしても風邪だ。きのう、乗換えをする駅で買い物をしていた17時ごろ、背中をスゥ〜ゥウゥと寒いものを感じたのが始まりだった。それに、実家から戻ってきて丸2日間まともに寝ていない。不眠症なんて大袈裟なものではなく、ただ単に寝付かれないだけなので、おとといはまだカラダは保ったけれど、昨日はスナップの途中15時ごろか、体全体が浮くような感覚になってフラフラとなっていた。錠剤を飲めば、一晩で直りかかっているのが分かる。でも、この時が一番微妙なのだ。きょうは、ネガ・フィルムでのスナップをする予定で、午後から歩き始める。どうしてもネガでなければならない理由があり、また仕上がりにも時間がかかるので今日でなければならない。さらに同時プリントは、ボクの場合指定しない。あれは、フィルム全面が入らないから、現像のみにして仕上がりと同時にその場でチェックして必要なカットを少し大きめサイズで焼いてもらうことにしている。ネガ・フィルムを2本撮り終えすぐさま現像に出して、いつものモノクロを入れて帰る方向へ。ほとんど気まぐれに原宿で降りて渋谷まで歩こうとしたら、原宿駅周辺がもの凄い人混みで閉口する。正月の参拝者なのだ。まさかこの時期でもこんなに混むなんて初めて知った。まるでアリの巣のように流れができている。なんとなく、嗚呼ニッポン! と思ってしまう。この空間は、平和なんだろうなぁ、とも。風邪と寝不足は、クソっ垂れと自分に言い聞かせて踏ん張りつつ歩くのでなんとか持ちこたえる。でも、風邪なのに寝付かれないというのはかなりしんどい。

2005-01-07(fri)
その街へ出ると必ずとはいかないが5回に2回は通うレコード店。それと、いまだにレコード店と言ってしまうのだが、通用しているのだろうか。CDショップはどうしてもピンとこない。午後の早い時間帯、店内は空いていた。高額商品コーナーはエサ箱を見ずとも、壁に飾ってある目玉商品で概ね何が入荷しているか、その系統などが伝わってくる。そのどれもがため息ばかりの垂涎晩ばかりだ。ボクは、新品コーナーだけをなぞるようにサッサッとチェックする。しばらくしてレジ近くをウロウロしていると店員がボクの名前を呼ぶ。売り場に入った時は知り合いだとは思わなかったので、振り向きざまにバッチを見ると、アッ! となって「どうもどうも」と深々とお辞儀をしたのだ。もう何年振りの再会になるのだろうか。まだ、ボクがレコード店学徒期の末期以来だから8年振りくらいか。あの頃はよく同業他社の方々とよく飲んでいたものだった。そのいつかの宴会以来になるだろう。ボクのことを覚えてくれたことに感謝である。お互い近況などを話そうとしたとき、試聴するお客で会話はとぎれとぎれに。それでも、その方が何故ここにいるのかが分かっただけでも、8年のブランクは飛んでしまう。納得だ。それはそうと、ここの新入荷を見ていて、随分と安くなったなと同時にとても筋の通った値付けに感心していたので、声をかけてくれた方の仕切り直しなんだろうなと(多分)納得してしまった。その良心が伝わる値段とも感じた。こうでなくちゃ、という事だ。ここはスタッフによって随分と相場が乱れることが常だっただけに、もうコレクションすることを止めたボクでもこの展開は嬉しい。貴重というだけの無意味な高値相場ほど嫌らしいものはないからネ。

2005-01-06(thu)
寒い田舎から戻っても、田舎と変らないほど一段と寒くなるなんて、と愚痴ってもはじまらない。とにかく、台所の温度計は、朝8度をさしていた。昨夜の予報では都内でも最低気温が氷点下になるだろうとのことで覚悟はしていたが、ほんとうに寒い。さらに、休養充分なのか睡眠が足りているのか昨夜から眠れずに朝を迎える始末。年賀状も少ないながら届いていた。その中に思いがけない方からのがあってもの凄く嬉しかった。早速、お返しを出す。あと、先月24日消印のクリスマスカード風なものが年賀として届いていた。何がどうなったのかさっぱり分からない。出した方は多分知らないはずだ。きのう立ち寄ろうと思った親類宅がすでに早仕舞いだったので、午後に郡山の名菓、柏屋の薄皮饅頭を持って新年の挨拶へ。東京も大晦日に雪が積もって寒かったという。立ち話もそこそこに、食材の買い出しに三軒茶屋へ。携帯ショップをみると、毎月楽しみにしていたauのパンフレットに仲間由紀恵が居ないことにガッカリ。途中、冷たい雨が降り、次第に睡魔が襲ってくるものの最後まで平気だったり。フィルム現像を残しているのに、この寒さで先延ばしとする。

ここのdiaryのこと。年末年始の帰省もあって都合7日間分アップしなかったことになるのだけれど、こうなると記録ではなく記憶に近いものとなるし、加えて常に同じテイストで書けるかという試練? もあったかと思う。これまで記録的なことは極力避けてきたつもりでも、いざわずか7日間とはいえブランクが生まれると、記憶をたどる以前に書くことそのものが億劫になってしまう自分があった。まだまだ足りないのである。

2005-01-05(wed)
その昔、レコード店学徒期のある年に正月休みから帰京して職場へ戻ったら、同じフロアにあるクラシック売り場のY君がボクの顔をジロジロ見ながら、優しい口調で「なにかお顔が大きくなっていますネ」と囁かれたことがあった。大阪方面では、ときに「こりゃまた随分と肥えましたなぁ」と言い、またある時は「オマエ、太ったんじゃなくてカラダ全体が大きくなったんじゃないの、なんかスゴイ」とも言われたことがある。何とでも言ってくれ! だ。そういえば、31日に郡山へ向かう最初の駅、駒沢大学駅のホームでそのレコード店学徒期のお得意さんにバッタリ遭遇。お互い、目線が合って会釈をすると、その方は「随分と変られたので分からなかったけど」と、その頃のボクの面影は言うまでもなく跡形も無いのである。なのに、さらに体積を増しての帰京は間違いないこととなった今日、一昨日きのうと暖かい陽気から一転していつもの寒さに戻っている。おまけに雲行きが怪しいので予定の電車を一本早くする。10時42分郡山発黒磯行き各駅列車。行きとほぼ同じ時間帯となる。空が次第に曇ってきてこれは吹雪くかなと思いきや、須賀川を過ぎると晴天だ。世界の車窓ならぬ、福島の車窓から雄大な空のもとに広がる銀世界を撮る。携帯のデジカメでも撮る。正月タップリと睡眠をとった体は、シートに座ることなく立ち尽くめで車窓からの風景に見入る。宇都宮からの東武線でも変らない。でも、撮りたいと思うのは精々黒磯あまりまでだろう。その先は次第に普通の町並みとなるのだ。昼はもちろん実家で作った握り飯二つ。黒磯始発の車内で食べる。冷たいけれどあたり前に抜群に美味い。春日部を過ぎたあたりから、ボクの気持ちが東京生活へと切り替わる。完全にそうなるのが、やはり地下鉄の車内だろうか。不思議なものである。17時駒沢大学駅着。気が付けば食材がほとんど無いことを思い出す。重いバッグを抱えての買い物も嫌なので、気楽さゆえのジャンクな食材で間に合わせる。昼の握り飯とは雲泥の差だ。こんなことこそトーキョー生活らしさだったり。迷惑メール43通着。

2005-01-04(tue)
実家に帰省中必ずすることは、何の事は無い普段読まない新聞をまとめて斜め読みすること。今回の場合だと、先月分がそっくりまとまっているからランダムに選んで読む。どの新聞かは、当然のごとく朝日新聞だ。地方とはいえ、今は東京版とオンタイムで記事が載る。その昔はたしか一日遅れだったと記憶している。スポーツ面の拡大、文字が大きくなり、広告も溢れている今の新聞がほんとうにつまらなくなったと感じはじめて随分と経つのではないだろうか。それでも有意義な情報はまだあるとは思うけれども、読まなくてもいい記事が圧倒的に多いと思う。そういえば、正月2日の郵便配達があったことに驚く。民営化に先駆けての事なのだろうけれど疑問に思わない習慣とは恐ろしいし、そんな事がお役所には他に沢山あるように思う。知らなかった自分も情けないけれど。さて、多くの職場が仕事始めとなる今日、昨日来宅した親類のまだ小さい甥っ子と姪っ子を一日預かる日だという。両親にしてみれば、いつもの子守りのようで、ちょっとばかり早くきたということか。朝8時過ぎ出勤の途中に立ち寄り、孫を引き受ける。俄然、家が賑やかどころか大きな音を立てたりとうるさくなる。まだまだ眼を離せない下の甥っ子が大変だったり。上の姪っ子はオモチャや様々な道具で一人自分の世界に没入している。昼を過ぎると叔母夫婦がやってきた。甥っ子は午前中の全体力を使い果たしお昼寝。姪っ子はいつもの遊び場が奪われて新聞を読んでいるボクのところにやって来た。ボクは、ここで初めてPHSのデジカメを使ってみた。今どき何と11万画素のチープな機能。さてどんなものかと思えば、軽いだけにドンドン撮れてしまう。姪っ子とのフォトセッションだ。電池切れになる前に容量オーバーの合計55カットを撮る。あのシャッター音に驚き、小さな画面に写し出された自分の突拍子もない姿態にキャァ〜と喜ぶ姪っ子。大満足のご様子。こんな時に役立つ携帯デジカメはオモチャでもあるのだった。いやオモチャなのだろう。さらに、姪っ子の最後の願望は、ボクの髭を触ることにあったようで、そのそぶりを見せずにボクの背中に廻っておんぶするようにして悲願成就! 夜、携帯のフォルダに満タンとなった画像をせっせと添付しては自分のパソコンへ送る。

2005-01-03(mon)
実家に戻っての生活で唯一の不満は食事の時間だ、なんて書いてしまうと罰が当たりそうだけれど、やはり東京での自分の生活パターンが染み付いているものだから、なかなか馴染めなくなっているのだ。いや、至極明瞭なことで、ボクが摂る時間帯と確実に3時間はずれているからだ。特に、朝がそうだとなかなかそのペースにいらだってしまう。あるいは、朝型のボクとの差とでも言えるかもしれない。朝と昼飯の間隔が短いと損な気分になってしまうのだ。さて、そんな風に朝飯を済ませれば決まったようにトイレへとなるのに、それが来ない。正月3日の朝飯は決まって三日とろろなのにである。ボクはすぐに分かった。餅の食べ過ぎが原因だと。おまけにほとんど体も動かさないでいるから純粋に肥えているのが分かるのであった。そんな腹の具合がモヤモヤしているというのに、今日の昼も昨日とは別の親類一家が来ての新年会だ。しかも、なんとなんとすき焼きだというではないか。さらに、どうゆう訳かかなり奮発した肉だとも言う。普段ならこの時とばかり喜んでガツガツと食べるのに、腹の具合でなんとも気分が浮かない。でも、いざ鍋がテーブルの真ん中に登場すればこれはもうガシガシと食べるのであった。そのあまりにも高級な肉の味っていうのは、まったく食べつけないのでただ美味い、としか感じない。ビールに始まり、今日は福島の銘酒、奥の松純米酒だ。福島の地酒は種類こそ多いのに全国区になるような美味しい酒がないと思っている。まぁ大ヒットして味が普通になるのも嫌だけれど、奥の松はここ数年でかなりの実力をつけた酒蔵だろう。それでも、あとひとつ何かが足りないと思う。さて、すき焼きはなんだかんだと豪快に食べたものだから、もう晩飯がどうでもよくなってしまった。さらに、実家でも滅多に作らないから、その割り下の味付けがなんとも実験的な展開となる、最後のほうはかなり濃くなって美味しい満腹感と同時に胃が重くなってしまった。というわけで、晩飯は餅を3個だけ食べたのだった。フゥ〜。

2005-01-02(sun)
今日も晴天。でも、道は完全に凍結してしまい、よほど暖かくならなければ融けずに危険な道と化す。しかも、土ではなくほぼ道という道がアスファルトなので始末が悪いのだ。勤め人にとっては今年の三が日は貴重な3日間なのだろうか。例年通り? とはいかないようで元旦から忙しく出歩いている親類一家が午後に来宅する。ともに受験を控えた姪っ子二人は、いつになく緊張感が漂っていたのだろうか。いつもの時とはちょっとばかり無口になっていたのかなと感じたくらいで、いままでと何ら変わらないと思った。2月の本番には頑張って希望を勝ち取ってほしい。持ち寄った惣菜などを広げて、みんなで昼ご飯だ。ボクは当然飲む。もう、酒は何でもいい具合で、ビールで始まって、蔵王で作る白ワインとなった。そのランクみたいなのは分からないし、興味もないけれどすっきりとした味わいで美味しい。一人でグイグイ飲んでしまう。もちろん、夜も昨日同様に食べ、ビールと久保田千寿をグィ〜と飲む。テレビは、ボクに主導権がないので、完全に両親の世界と化す。

2005-01-01(sat)
きのうの吹雪がウソのような晴天となった正月。郡山は晦日の晩から雪が降り出し、一晩で寝雪になったという。そして昨晩のニュースでは、大晦日の積雪は20数年ぶりだったと言っていた。たしかにそうだろう。ボクの記憶でもそうないはずだ。実家は、相変わらずの調子なのか、この日を迎える直前までごちゃごちゃと支度をしていたらしい。餅も昨日ついたという。ボクは、ここ数年自分の田舎をスナップする気にならないでいた。それ以前には随分と歩いて撮ったものだったけれど、いろんな心理が絡まってある時期からぱったりと撮ることを止めた。でも、今回は昨日のところでも触れたが、しっかり撮ろうということで、多めにフィルムを持ってきたのに、この大雪ですべては無しになってしまったことを、朝一番で外を見たときに決めたのだ。そうなれば、当然食べて飲んで寝る正月? しかない。もっとも今年の三が日は暦通りなので割り切りも早いもの。朝、雑煮を食べ、昼もしっかりと食べて夜が本番としっかりと食べ飲む。酒は山形の出羽桜生酒。手の込んだおせち料理はないけれど、イカ人参漬けと、数の子、五目煮、タクアン、その他諸々などでもって、普段のボクの食生活からすれば別世界の贅沢さだ。どれもこれもが美味い。それと、大好きな餅。もちろん、機械でつくるのだけれど既製品とは比べ物にならないくらい美味い餅なのだ。鏡餅もこの時につくる。今年のは時間がなかったようで、いつになく小さい。餅米もいろんなルートで地物を貰ったり買ったりで、その年の出来不出来や地域の差がでるくらい、餅はデリケートなことを思い知るのだが、今年の餅は文句無く美味しい。正月休みにしか食べないけれど、ボクにとっては禁断の食べ物なのだ。酒を飲んだ後でも平気で何個も食べてしまうのだから。